秒速5センチメートル
![]() | 秒速5センチメートル 通常版 (2007/07/19) 水橋研二、近藤好美 他 商品詳細を見る |
WOWOWで放映されたものを、ビデオに録って見ました。やっぱりDVDレコーダ欲しいなあ。デジタル放映をアナログに落として見るというこの切なさよ。
というのはともかくとして、久々の新海節に胸がしめつけられましたね。いやこれ比喩じゃなくて本当に。新海誠さんというひとは、「それでも生きていかなければ」という思いを描くのがとてもうまいと思います。
どんなに好きでも、どんなに必要としていても、どんなに求め合っていても。
それでも叶えられない想いはある。フィクションなのに、新海作品には「どうにもならない現実」が厳然として存在する。それはとてつもなく巨大で重く、主人公の少年や少女はその前で足掻き、とうとう越えることができずに「現実」の中に埋没していく。
だけど、それでも。
生きていかなければ、という意志を、私は感じるのです。いつも。どの作品を見ても。
それは決して声高ではなく、むしろ声にはならない、囁きにすらならない、殆ど呼吸音に似た静けさで響いてきます。
それでも生きていかなければ。
現実はどうにもならなかった。時間も距離も埋められなかった。あのひととは一緒に歩いてはいけなかった。それでも。
「理想の異性幻想」的な描写に多少首を傾げるところはあるとしても(私の場合この感じは「雲のむこう、約束の場所」に顕著でした)、でも口ではどう言っていても、感情の根っこを揺さぶられている。そのことに少し遅れて気付いて、タイムラグの分まで更に動揺する。新海作品は、私にとってそういうものです。この「秒速5センチメートル」もそうでした。
こんなにも心の奥底のレアな部分に触れてくる作品をつくりだすまでには、一体どれほどの葛藤と闇とを超えてきたんだろう。
そういうことを考えること自体、既に感傷的なのだけれども。
それでも生きていくべく、大人になってしまった彼らはまた歩き始めます。そんな姿を包み込む自然の、その描写の美しさ。
それは即ち、「ただ現実を生きていく」ことへのエールのように思えて、またしても胸がしめつけられるのです。 ***
5/8の日記に拍手からコメントをくださったKさま。
「おかずになる」に一票、ありがとうございます!そうそう、ビールのつまみにもいいですよねv
あのチキンはやはり、傍らにごはんとかビールとかあってこそ華だと、わたくし思いを強くいたしました。むふ。
ところで私、ケンタの白身魚のフライも、実はチキンと同じくらい好きです。もちろんこれもごはんのおかずにします!!(笑)
<<VOCALIST/徳永英明 | HOME | ケンタッキーのフライドチキンはごはんのおかずになるか>>
コメント
コメントを投稿する
トラックバック
秒速5センチメートル
秒速5センチメートル 通常版(2007/07/19)水橋研二、近藤好美 他商品詳細を見るWOWOWで放映されたものを、ビデオに録って見ました。やっぱり...
| HOME |


